東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)32号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
1 原告は、審決が引用例の方法においても「発泡剤の混入の前と後の量を計測し十分発泡剤が樹脂と混合していることから、発泡剤の損失のないことを確認している。」とした認定が誤りであり、また本願発明と引用例の方法における発泡剤の混合状態は相違する旨主張する。
(一) 本願発明が、発泡剤含有のアルケニル芳香族熱可塑性合成樹脂を「押出前に、発泡剤及び熱可塑化せる樹脂の混合物をサンプリングするに際し、試料材料が一gの重合体当り7.9×10-4モルよりも多くの発泡剤を失なつていない程度に樹脂と発泡剤とを(均一に)混合することを特徴とする……アルケニル芳香族熱可塑性合成樹脂状伸長フオーム体を押出しする方法」であり、本願発明の方法によつて得られる発泡体は気泡径が約〇・一ないし〇・四五mmであり、かつ密度が約一・四ないし一・八ポンド/立方フイート(二二・四ないし二八・八g/lに相当する。)であつて、断面積が少なくとも一八平方インチ(一一六cm2)、断面の最小寸法が少なくとも〇・五インチ(一二・七mm)のものであることは、本願発明に係る特許請求の範囲の記載から明らかである。
(二) 一方、成立について争いのない甲第六号証(特公昭四一―六七二号特許公報)によれば、引用例は原告の出願に係る膨張した密閉細房熱可塑性樹脂状物質の改良製法に関する発明の特許公報であるところ、この引用例の方法により得られる発泡体は、気泡径が平均〇・六ないし〇・七mmであり、かつ密度は一・八九ポンド/立方フイート(三〇g/lに相当する。)で、厚さ四インチ(一〇・一cm)、幅一六インチ(四〇・七cm)(したがつて、断面積は六四平方インチ―四一一cm2)の厚板である(公報三頁左欄一二行ないし三三行参照)ことが認められる。
(三) そこで、前掲甲第六号証及び成立に争いのない甲第二号証の一・二、第三号証ないし第五号証により、本願発明と引用例の方法によつて得られる発泡体とを対比してみると、本願発明によつて得られる発泡体は、引用例記載のものより気泡径が小さく、しかも低密度であることが明らかであるから気泡径が小さく、しかも低密度で断面積の大きいフオームを実現しようとする本願発明の目的(甲第二号証の二の本願明細書六頁一五行ないし七頁一行)からみて、本願発明によつて製造される発泡体は、引用例記載のものとは明らかに異なつている。そして引用例において前記認定のような気泡径、密度及び断面積をもつ発泡体が記載されているほか、本願発明の方法によつて得られる発泡体と、気泡径、密度及び断面積との関係数値が同一又はこれに近似した熱可塑性樹脂発泡体が本願の優先権主張日前に公知であつたことを認めうる証拠はないから、本願発明の方法によつて得られる非常に微小な気泡径(約〇・一ないし〇・四五mm)を有し、かつ低密度(約一・四ないし一・八ポンド/立方フイート)で断面積の大きな低密度ポリスチレン発泡体は新規なものと解するほかない。そして、右の新規な非常に微小な気泡径を有し、かつ低密度の発泡体は少なくとも、本願発明が規定する「押出前に、発泡剤及び熱可塑化せる樹脂の混合物をサンプリングするに際し、試料材料が一gの重合体当り7.9×10-4モルよりも多くの発泡剤を失なつていない程度に樹脂と発泡剤とを混合する」という混合条件を満足させることによつてはじめて製造することができたものとみるほかない。ところで、前掲甲第二号証の一・二、第三号証ないし第五号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると、アルケニル系樹脂状発泡体製造の分野にあつてはより優れた寸法安定性のある発泡体を得るための改良が行われていたものの、本願優先権主張日前の技術としては、引用例に記載された程度の気泡径と密度をもつ製品が、望ましいものとしてはほぼ限度のものとみられていたことが推認され、これに反する証拠はない。たしかに、前掲甲第六号証によれば、引用例には、「更に例証するために、ポリスチレンが、ジフルオロジクロルメタン五〇部及びメチルクロライド五・〇部から成る膨張剤を、この重合体の重量を基準として一二(重量)%使用して押出された。一〇〇部当り〇・二七七部のステアリン酸バリウムが押出し用潤滑剤として利用された。この重合体は添加剤と充分に混合され、そして厚さ四in(一〇・一cm、幅一六in(四〇・七cm)の発泡厚板を生成するように押出された。このポリスチレン組成物の押出し速度は一時間当り八一二lb(三六九kg)であり、またこれはこの押出し物の重量を基準として一二%の前記膨張剤混合物を含有していた。」(三頁左欄八行ないし一三行)との記載のあることが認められるが、そこにいう「充分に混合され」という表現も前記のような程度の気泡径と密度等をもつ発泡体についての製造方法であることを前提として理解すべきものであつて、本願発明と引用例の方法によつて得られる発泡体の気泡径、密度及び断面積についての数値が前叙のとおり具体的に相違していることからも、本願発明における混合条件は、引用例の混合状態より一層十分均一に混合することを規定したものと解すべきであるから、引用例における「充分に混合され」るとの表現が本願発明の前記のとおりの混合条件を表わしたものと解することはできず、また右の混合条件を示唆するものともいえない。したがつて、審決が「本願発明での処理条件は発泡剤と樹脂が十分に混合されたことを意味するところから、この条件は引用例で十分に混合するというのをいいかえただけのことである」とみたのは明らかに誤りである。この点に関し、被告は、引用例における前記認定に係る記載(三頁左欄八行ないし一三行)を根拠として、引用例は、発泡剤の混入の前と後との発泡剤の含量を計測、確認して、発泡剤の損失が生じない程発泡剤と樹脂とを十分混合することを示唆している旨主張する。ところで、引用例の前記引用個所のはじめの部分に「……膨張剤を、この重量体の重量を基準として一二(重量)%使用して押出された。」とあり、末尾の部分に「この押出し物の重量を基準として一二%の前記膨張剤混合物を含有していた。」との記載があるが、そこに示された押出し用組成物に混入した当初の発泡剤の重量と押出後の成形物中に残る発泡剤の重量の対応について考えてみると、少なくとも押出後の成形物表面に存在する発泡剤は押出直後に揮発してしまうと考えるのが技術常識であるから、発泡剤の混入時点と押出後のそれぞれの時点における発泡剤の含量に着目して計測したものならば、当然、混入時点で計量した数値と押出後に計量した数値とでは明らかに差異が存在しなければならないはずであり、最初に記載された数値も、後に記載されている数値も共に一二%であつて、両者に差異がないところからみると、被告のいうごとく発泡剤の混入の前と後のそれぞれの時点の発泡剤の含量を計量したうえで、一二%の数値を示したものとは到底理解できないし、したがつてまた、この記載が右のような発泡剤の混入の前と後の計量によつて発泡剤の損失量をチエツクするという本願発明の重要な特徴点を示唆しているともいえない。
更に被告は、本願発明の方法が、本願の優先権主張日前から公知の混合装置を用いていることを理由に、本願発明が規定した前記のとおりの混合条件は引用例に実質的に示唆されているに等しい旨主張するが、本願発明の方法が引用例にみられると同一の装置を用いるとしても、他に何らの根拠が示されていない以上、その混合条件までおのずと同一になると解すべきいわれはない。被告の主張はいずれも理由がない。
2 以上のとおりであるから、審決が、本願発明における混合条件は引用例の方法における混合条件と同一であるとしたのは明らかに誤りであり、かつこの誤りが、本願発明を引用例から容易に発明することができたものとしたその結論に影響することも明らかであるから、審決は、すでに右の点において違法として取消を免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四六年一〇月二九日、一九七〇年(昭和四五年)一〇月二九日のアメリカ合衆国への特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「伸長フオーム体の製造方法」(当初の名称は、「伸長フオーム体及びその製造方法」)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和四六年特許願第八六一五八号)をし、更に、昭和四七年一月一一日及び昭和五〇年四月一四日にそれぞれ手続補正書を提出したが、昭和五一年一一月二六日拒絶査定がされた。そこで、原告は、昭和五二年四月一一日審判を請求するとともに手続補正書を提出し、昭和五二年審判第四三五七号事件として審理されたが、昭和五五年九月三〇日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月八日原告に送達された。
なお、原告のための出訴期間として三か月が付加された。
2 本願発明の要旨
一gの重合体当り15×10-4ないし40×10-4モルの発泡剤を含有するアルケニル芳香族熱可塑性合成樹脂材料を熱可塑性加工し、しかも該発泡剤は二五ないし七五重量%のジクロロジフルオロメタン、トリクロロフルオロメタン、ジクロロテトラフルオロエタン又はそれらの混合物及び七五ないし二五重量%の塩化メチル、塩化エチル及び塩化ビニル又はそれらの混合物であり、そして発泡剤と溶融樹脂流れとを一般に均一に混合し、発泡剤含有の樹脂を押出ダイから低圧領域に押出し、その際に押出樹脂が膨張して少なくとも18インチ2(116cm2)の断面積を有しそして少なくとも〇・五インチ(一二・七mm)の断面の最小寸法を有するフオーム体を形成し、押出前に、発泡剤及び熱可塑化せる樹脂の混合物をサンプリングするに際し、試料材料が一gの重合体当り7.9×10-4モルよりも多くの発泡剤を失なつていない程度に樹脂と発泡剤とを混合することを特徴とする約1.4ないし1.8ポンド/フイード3(22.4ないし28.8g/l)の密度を有しそして約〇・一ないし〇・四五mmのセル大きさを有する、アルケニル芳香族熱可塑性合成樹脂状伸長フオーム体を押出しする方法。